研究活動

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2015年度 グループ1ユニットA 第1回研究会

報告題目浄興寺・大谷大学蔵『教行信証』に関する調査報告
開催日時2015年10月15日(木)17:00~19:00
場所龍谷大学大宮学舎清風館3階共同研究室301・302
報告者川添泰信(龍谷大学文学部教授)
参加者20人

【報告のポイント】

 本研究会は鎌倉から室町中期における『教行信証』の流伝状況の一端を明らかにすることを目的とし、この「文明本」を底本として調査研究を進めている。

 この「文明本」が鎌倉三本や正応四年刊本、また、流布本として完成された形態を持つと言える「存蓮本」と、どのような関係にあるかを解明するにあたり、「存蓮本」の祖型と考えられている新潟市上越高田の浄興寺所蔵本の原本調査が必要となった。そこで、今年の8月24・25日に川添泰信先生を中心として調査が行なわれ、今回はこの「浄興寺本」の書誌情報と諸本との対校結果についての報告である。

【報告の概要】

 「文明本」は8冊で構成され、紙質は斐交楮紙であり、1頁内に6行×17字で書かれている。「化巻」末の奥書より、室町期文明二年(1470)頃の書写と伝わる。

 「浄興寺本」は8冊で構成され、紙質は斐交楮紙である。「信巻」の奥書によると、浄興寺住職藝範が応永年間(1394~1427)、巧如上人時代に京都において書写したとあり、このことより書写年代については室町初期と推定され、「文明本」より早い成立であることがわかる。「浄興寺本」各巻の構成については以下の通りである。

・「総序」「教巻」の枚数は7枚、字数は8行×17字。

・「行巻」の枚数は49枚と白紙1枚、字数は9行×17字。

・「信巻」本の枚数は31枚、最初の1頁は8行×17字、2頁目は10行×17字、以後9行

×17字。「信巻」末の枚数は41枚、字数は9行×17字。

・「証巻」の枚数は22枚と白紙1枚、字数は9行×17字。

・「真仏土巻」の枚数は28枚と白紙2枚、字数は9行×17字。

・「化巻」本の枚数は41枚、字数は9行×17字。「化巻」末の枚数は39枚、字数は9行

×17字。

 「浄興寺本」の「化巻」末の奥書を「慶長本」「文明本」の奥書と対校すると、「文明本」に書かれている正応四年の性海の奥書の一部と解することができるが、「文明本」と省略の仕方が異なることより、情報量の若干の減少を確認することができる。

 さらに、題目・撰号・標挙の位置関係においても留意すべき点をいくつか見つけることができる。「浄興寺本」の「総序」においては、題目の次行に「大阿弥陀経 支謙三蔵訳」「平等覚経 帛延三蔵訳」と並べて記され、続いてその本文が書かれている。また、「教巻」においては、標挙・標列が本文を挟んで前後二ヶ所に記されている。その他の巻においては、題目→撰号→標挙・細註の順に記されている。

 以上より、「浄興寺本」の特徴としては、「存蓮本」と同じく「総序」「教巻」の題目・撰号・標挙が変則的であるが、他巻は整っていることがわかる。また、「文明本」は「総序」「教巻」部分も題目→撰号→標挙と整っているが、「行巻」「信巻」は題目→標挙→撰号とあり、巻によって異なる。「総序」「教巻」については「文明本」の方が、他巻については「浄興寺本」の方が整った形をとることを確認することができる。

 本来、浄興寺は信州水内群にあり、善光寺の北東にあたり、その第六、七、八世の3人の住職が西本願寺に逗留した。時は巧如上人の時代であるが、「浄興寺本」は応永三十年頃の書写と伝わることより、存如上人並びに蓮如上人も存命の時代になる。そうした中、学問修業としてこれを書写したのであり、その書写本が浄興寺に現在も残っている。

しかし書写年代に関しては、奥書だけを見れば「応永」等と頻出するものの、これは残念ながら全て信頼できるものではない。すなわち、「教巻」に関しては問題無いが、「行巻」の最初の4紙までは疑問がないが、それ以降は後世の紙であると考えられる。また、「信巻」も最初の2紙までは問題がないが、それ以降は後世の紙である。なを、それ以降の巻については、未調査である為、慎重に調査する必要がある。

今後の調査予定は、今年の11月11日、12月11日に大谷大学所蔵本の原本調査を予定し、また、来年の1月13日に岸部氏(奈良県)所有の延文五年本(「証巻」のみ)の原本調査を予定している。これらの調査を終えて後、来年2月18日には全体的な調査報告を行うこととする。

【議論の概要】

 今回の報告を受け、参加者との間で意見が交換された。存覚上人の『六要鈔』が底本とした『教行信証』については、恐らく正応四年刊本系統という見解が出され、その他にも存覚上人の書写本に関することについても意見が交わされた。また、親鸞聖人没後に直ぐ『教行信証』が開版されたか否かについては、開版されていないという見解で一致した。

※共催:龍谷大学仏教文化研究所

【文責】アジア仏教文化研究センター

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