研究活動

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2015年度 グループ2ユニットA 第2回研究会

報告題目ソーシャルワークのグローバル定義と仏教思想
開催日時2015年10月26日(月)14:00~16:30
場所龍谷大学響都ホール校友会館会議室
報告者長崎陽子(龍谷大学非常勤講師)
参加者16人

【報告のポイント】

 日本仏教社会福祉学会は、この度『仏教社会福祉入門』(以下、『入門』)を出版し、この本についての勉強会を関東・関西に分かれて行っており、その共催の下に本研究会が開催された。

 今回は『入門』のなか、ソーシャルワークについて取り上げる一段が中心であり、新しく生まれたそのグローバル定義と、仏教思想に基づく社会福祉との関係性について焦点が当てられた。長崎氏は自身が感じた『入門』所説の仏教思想に対する疑問点と、大正大学社会福祉学研究室のアンケート調査「わが国におけるソーシャルワーク価値の基礎的研究-仏教者の実践を通して-」への自身の回答とを踏まえながら、その関係性について報告した。

【報告の概要】

 本報告は『入門』の、

ソーシャル・インクルージョン(社会的包摂)などの考え方が重要となっていますが、それらの概念と対比すれば、仏教思想を縁起(共生)や慈悲および仏性などの鍵概念で解説したように、仏教社会福祉は欧米の福祉思想をすでに包摂しているでしょう。

(『入門』・106頁)

という一文を出発点とし、先ずその関係性について「グローバル定義≦仏教思想」と定める。

 しかし、そもそもこの『入門』に示す仏教思想について確認する必要があるとし、代表的に示されている「慈悲」「仏性」「共生」の意味を挙げ、これらのなか、「ぐうしょう」とも「きょうせい」ともある「共生」に注目していく。

 「共生(ぐうしょう)」とは、自己の原因と他のものに由来する条件との両者が共同にはたらいて、何物かが生ずること、ともに生まれるものである。また、浄土宗の椎尾弁匡(1876~1971)が提唱した「共生(きょうせい)」とは、信仰をもとに寺院、僧侶の特に地域における社会的使命や、社会事業(福祉事業)の実践であり、善道大師『往生礼賛』の「願共諸衆生 往生安楽国」を出拠とするものである。これら「共生」の意味を考えた場合、先の「縁起(共生)」という書き方が、果たして可能かどうかという疑問が生まれる。

 そもそも「縁起」とは「縁って起こる」と読み、物事の成立を示すことであり、「十二支縁起」「法界縁起」「阿頼耶識縁起」に説かれる通りである。また、龍樹の縁起思想に説かれる一切存在の空性や、ダライ・ラマ14世の縁起説等に説かれる相互依存的性質を取り上げ、多様な縁起思想のあることを確認していく。

 上述のことを踏まえ、間接的には「縁起」と「共生」の同意を、認めることができるかもしれないとする。しかし、『入門』のなかには、各著者の「共生」理解の相違から、「ぐうしょう」と「きょうせい」が混在することを指摘し、全体の統一を図る必要があるとも、また、前後の説明の内容によっては統一を図る必要がないとも考えられ、議論の余地があると加えた。

 この『入門』に基づいて作られたとされる今回の大正大学のアンケートに対し、長崎氏は一定の否定的な目線から回答していく。このアンケートは「グローバル定義に示された言葉に相応する仏教思想があるか」「グローバル定義に示され言葉を説明できるか」等を目的とするものであり、それらの言葉への説明についての可能・不可能、その理由、手がかり・留意点を整理して述べていく。

 それらの言葉とは「社会変革と社会開発」「社会的結束」「人々のエンパワメント」「人々の解放」「社会正義」「人権」「集団的責任」「多様性尊重」であり、特に「社会正義」「人権」への回答に悩んだことを明かす。この2語に対する回答は以下の通りである。

 「社会正義」を説明する際に、仏教思想に基づく説明は可能かという問いに対し、不可能に近い「困難である」と回答する。その理由としては、仏教は二極に依らない中道の立場を説き、正義・不正義の判断は、そもそも人間が分別していることとする。そして、仏教は善行としての倫理的姿勢は説くが、仏典に解かれる内容と社会正義の内容が一致するかどうかという留意点を指摘する。

 「人権」を説明する際に、仏教思想に基づく説明は可能かという問いに対し、「不可能である」と回答する。その理由としては、仏教は自我の否定であって自我の肯定はあり得ず、実体的存在の否定である縁起や空の思想が説かれるものであり、また、「権利」に相応する思想がないとする。そして、米国にて人権を説かない仏教についての議論が既にあり、仏教が相応し難い一面を指摘する。

 このアンケートの集計結果を受け、先ず宗派別の解釈や「縁起」といった多様な意味を有する用語への共通理解と統一的表現の使用を必要とし、ただ仏教用語を使うということではなく、仏教学者は常に説明する努力や手間を惜しまないことが求められると指摘する。また、「説明が困難」とされた「人権」「社会主義」に関しては、これからも議論が必要であること、そして、「可能である」が多かった言葉に関しては、示された仏教思想を確認した上で共通認識として広めていくことをもって本報告のまとめとした。

【議論の概要】

 仏教学、歴史学、社会学、臨床心理学等の研究者が主な参加者のなか、長崎氏も特に注目した「共生」と「縁起」の関係性が議論の焦点となり、様々な見地より、その関係性について意見が出された。また、仏教と「人権」についても多数の意見が出され、議論が尽きないなか、閉会を迎えた。

共催:日本仏教社会福祉学会

【文責】アジア仏教文化研究センター

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