研究活動

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2015年度 グループ1ユニットA 第3回研究会

報告題目南都の教学と論義
開催日時2016年2月18日(木)15:00~17:30
場所龍谷大学大宮学舎西黌2階大会議室
コメンテーター楠 淳證(龍谷大学アジア仏教文化研究センター長,文学部教授)
藤丸 要(龍谷大学文学部教授)
参加者18人

■報告者・題目

中西俊英(東大寺華厳学研究所研究員)

「華厳教学における問題意識 ―論義資料解読の一視点として―」

蜷川祥美(岐阜聖徳学園大学短期大学部教授)

「法相論義の展開」

【報告のポイント】

 「南都の教学と論義」と題し、中西俊英氏は華厳教学、蜷川祥美氏は法相教学の側から論義のことを中心として報告いただいた。

【報告の概要】

中西俊英(東大寺華厳学研究所研究員)

「華厳教学における問題意識 ―論義資料解読の一視点として―」

 華厳教学において「円融」「無障礙」は、理想的なある種の悟りの境地として語られる重要な概念である。この「円融」の「融」は教理的に重要な単語であるにもかかわらず、『華厳経』では全く用いられていない側面がある。「融けあう」という和訓の曖昧さに引きずられることなく、その淵源に還元しながら華厳教学のなかにおける位置づけを明確にすることを問題としている。

 この「融」の淵源について、先ずは地論教学へ目を向けることが重要と考え、『融即相無相論』所説の「融」の定義や、「円教」についての説示等によりながら考察する。続けて華厳教学関係の資料を取り上げ、それらのなかの『華厳経問答』所説の智儼と五門論者の「無礙」説との相違を「体」と「相」の観点から説明したもの等に基づき、その論法を用いながら自身の解釈を展開させる。また、唐代の論義や日本の論義に関する資料も取り上げ、それらのなかの『華厳一乗開心論』より、経典の内容を解釈・理解する手段として因明を重視する点に注目する。

 これらの考察を踏まえ、いくつかの課題を示す。観点を多様化させることによって構築された唐代華厳教学の独自性が、当時の日本においていかに受容されたか。また、唐代華厳教学における円教理解の特徴と、それに影響を与えた道教の位置づけ。そして、華厳の論義、日本における独自性が形成されるにおいて、因明がいかに利用され、関係したかについてである。加えて、第四祖の澄観の日本における受容状況についても、今後の日本の華厳教学の研究においては重要であることを指摘した。

蜷川祥美(岐阜聖徳学園大学短期大学部教授)

「法相論義の展開」

 南都仏教の学僧たちは南京三会(興福寺の維摩会・宮中の御斎会・薬師寺の最勝会)や、それを補完する意味ではじめられた三講(最勝講・仙洞最勝講・法勝寺御八講)など、論義法会に出仕することで自宗の教学研究を行ってきた。法相宗の教学研究は『成唯識論』の本文について、問答形式で教学研鑽を行う論義の研鑽が主流であった。そうした一つ一つの論義についての記録を残した「短釈」と呼ばれる書が三千余り残されている。平安時代末期の興福寺の蔵俊は、『成唯識論』の本文に関する論義を集大成した『唯識論菩提院鈔』(『菩提院問答』)や『変旧抄』などを著したことで知られる人物である。彼の論義研究の特色は三祖の定判をもととした伝統的な解釈(『唯識論菩提院鈔』の論義)を行う一方、一乗仏教を主張する他宗の教学を法相宗の教学にとりこんでいくような斬新な解釈(『変旧抄』の論義)も行ったというところにある。

 それ故、蔵俊以降の鎌倉期の学僧達は彼の『変旧抄』を手本として自由に教学研究を行い、貞慶や良算が中心となり、様々な論義抄が生み出された。こうした論義抄の成立は、論義一つ一つについての問答研鑽をより緻密に行い、講会での論義の準備のための談義を活発にさせるものであった。

 後世においては多くの法相宗の学僧たちが自由闊達な論義や談義によって様々な異説を生み出し、法相教学をより深めるものとなったことは明らかである。日本の法相宗は学匠達の自由な論義研究、訓読・談義研究によって大いに発展したのである。

【議論の概要】

 中西氏の報告においては華厳における「理」と「事」の出拠や、論義自体の淵源等に関する議論が交わされた。そのなか、最近の研究会が論義にとらわれ過ぎている感も否めないという指摘もあった。また、蜷川氏の報告においては「約入仏法」に関する議論が交わされた。そして、全体として論義が形成された当時の選定基準についても議論が及んだ。

【文責】アジア仏教文化研究センター

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