研究活動

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2015年度 グループ1ユニットB 第2回ワークショップ

報告題目大谷光瑞とチベット―多田等観将来「釈尊絵伝」をめぐって
開催日時2016年2月25日(木)13:15~16:45
場所龍谷大学大宮学舎西黌2階大会議室
参加者34人

■報告者・題目:

宮治昭(龍谷大学文学部教授)

「インドの『舎衛城の神変』図について」

岡本健資(龍谷大学政策学部准教授)

「舎衛城神変と多田等観将来釈尊絵伝」

岩田朋子(龍谷大学龍谷ミュージアム講師)

「釈尊絵伝にみられる仏弟子たちの物語」

能仁正顕(龍谷大学文学部教授)

「阿闍世教化の伝承と釈尊絵伝」

【報告のポイント】

 大谷光瑞の命によりチベットに渡った多田等観が将来した「釈尊絵伝」について,仏教学と美術史の観点から多角的な分析が行われた。

【報告の概要】

 宮治氏は,インドにおける「舎衛城の神変」図の変遷について検討することから,チベットの「釈尊絵伝」における同図の特徴を,比較考察を通して明らかにした。インドにおける「舎衛城の神変」図は,古代初期からその表現があった可能性があり,グプタ朝サールナートにおいて,明確な仏伝図として表された。また,アジャンター石窟では,王侯の大規模寄進による説話性の高い壁画から,小規模寄進者による尊像的な壁画や浮彫彫刻への変化が見られた。パーラ朝においては,釈迦八相の仏伝図の一つとして同図が重視されるようになった。これに対し,チベット「釈尊絵伝」の同図は,アジャンター壁画やパーラ朝の浮彫との関係がある程度うかがえる一方,それらと比べて説話性が非常に強い点が特徴的である。インドの図像とは典拠となる文献も異なっており,これはインドとは別個の発展をしたものと言える。

 岡本氏は,多田の将来した「釈尊絵伝」について概説した上で,その底本となった文献について検討した。「釈尊絵伝」は,17~18世紀頃の成立と推定される全25幅の作品であり,ダライ・ラマ13世の遺言に従い,多田等観に贈られたものである。釈尊の誕生から涅槃,その後の場面を時系列に従って伝える構成となっており,釈尊の過去世や密教(仏)は描かれていないところに特徴がある。この絵伝の底本である『ターラナータ仏伝』と『作画録』については,『根本説一切有部律』と一致する部分が多いが,しかし他の仏伝から引いたと思われる要素も確認されており,また,二つの底本の相互関係もいまだ不明確なところがある。仏伝の編集方針としては,ターラナータ自身の見解によれば,大乗と小乗を混在させるのではなく,大乗の仏典だけに基づき物語を構成するのが望ましいとしていた。両底本には,現在の仏教学からは誤解と言ってよい部分も散見されるが,しかし当時の仏伝製作者の視点からの仏典のとらえ方を読み取れるものとして,非常に興味深い。

 岩田氏は,「釈尊絵伝」に説かれる仏弟子の物語について考察した。絵伝には,出家者として,シャーリプトラとモクレン,マハーカーシャッパ,アーナンダ,ウパーリ,ラーフラ,ナンダ,デーヴァダッタ,ジーヴァカ,アングリマーラ,スバドラ,シャカ族そして比丘尼(僧団)が描かれている。このうち,釈尊入滅後の僧団運営にかかわったマハーカーシャッパとアーナンダについては,その死まで描かれており,これは法脈の正当性を伝えるための選択であったと見ることができる。この点,デーヴァダッタの死についても描かれているのも注目される。また,第一結集で律を誦出したウパーリに関しては,その出家の過程が詳しく描かれる一方,まったく登場しない仏弟子たちもおり,こうした選別から仏伝製作者の意図を推論できる。

 能仁氏は,「釈尊絵伝」のうち阿闍世が登場する部分に注目し,その背景や意義について検討した。絵伝の内容を,底本の『ターラナータ仏伝』の記述と照合させながら分析した場合,「業の説示」の場面をどこに配置するかによって,この絵伝の持つ意味が変わってくることがわかる。そして,「業の説示」の前後には,阿闍世やデーヴァダッタによる悪業と,釈尊が彼らを加護する物語が描かれるのであり,このことから,絵伝は悪人の教化を目的としていたと考えられる。そうした趣旨の絵伝を大事に所有していたダライ・ラマ13世は,おそらく,自己の業法を阿闍世に見て取っていたと思われ,またその死後,多田に絵伝が贈られたのは,彼がそこに何らかの因縁を感じていたからであると推測できる。

【議論の概要】

 能仁氏の報告に対して三谷真澄氏より,「釈尊絵伝」における阿闍世の物語について,これに基づいたほかの作例はないのかとの質問があった。これに対して能仁氏は,類例は見つかっておらず,しかし作画と仏伝の比較考察から,絵伝の製作者や作画録の編者の意図を読み取りことができる,と答えた。この点について宮治氏より,キジル壁画や敦煌の絵画などには阿闍世のエピソードあり,それらとの比較が必要であるとの指摘がなされた。

※共催:龍谷大学仏教文化研究所

【文責】アジア仏教文化研究センター

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