研究活動

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2016年度 グループ1ユニットB 第1回ワークショップ

報告題目真宗布教近代化の一断面―本願寺派「特殊布教」の成立過程を中心に―
開催日時2016年8月2日(火)17:00~18:30
場所龍谷大学大宮学舎西黌2階大会議室
報告者中西直樹(龍谷大学文学部教授)
コメンテーター嵩 満也(龍谷大学国際学部教授)
参加者35人

■共催:龍谷大学仏教文化研究所

【報告のポイント】

 近代の本願寺派教団では,従来の寺院における教化の枠を越えた,「特殊布教」が展開された。本報告では,この「特殊布教」の成立過程とそこに関与した組織や教団の動向について検証することで,真宗布教の近代化の一側面について議論がなされた。

【報告の概要】

 明治期を通じた近代化や都市化の影響により,伝統教団が布教の対象とする檀信徒のあり方が多様化し,それまでの布教形態・方法だけでは対応できない局面があらわれてきた。それに対応するため,寺院のみならず,学校・工場・軍隊・監獄といった新たな場の開拓や,少年会・青年会・婦人会などの新たな組織の形成,あるいは文書・通信・幻灯・唱歌などの,新たな布教手段の導入が進められていった。

 「特殊布教」とは,そのような新しい文脈のなかで形成されてきたカテゴリーである。従来の檀信徒向けの布教を「一般」布教とした場合の「特殊」であり,伝統教団の布教環境の変化に呼応した概念であった。なお,仏教による教化を意味する用語としては,明治期を通して「法談」から「説法」,そして「布教」へと,使用される主な言葉が推移していった(戦後になると「伝道」が普及)。

 特殊布教の形成を後押ししたのは,各種の結社や組織であった。後の仏教日曜学校に連なる「少年教会」,教育機関の学生らによる「青年会」,仏教系の女学校の設立とも連動した「婦人会」などが,明治20年頃から続々と形成されていった。これらは,いずれもキリスト教の布教活動に対抗しつつ,それを模倣するかたちで推進された動きであった。

 なかでも特に活況を呈したのは,仏教青年会の運動であった。たとえば東京では,東西本願寺の僧侶らが結成した青年会のほか,第一高等学校,慶應義塾,早稲田などの非仏教系の諸学校でも仏教青年会が作られ,またこれらの団体とそのメンバーが相互に交流・協力しながら活動を行っていた。

 特殊布教の端緒の一つとして注目されるのが,工場布教である。明治23年の恐慌を契機として着手された仏教教団による工場布教は,労働者の保護を理念としながらも,社会主義に傾くものではなく,資本家と労働者の「公共調和」を目的とした体制順応的なものであった。

 日清戦争を境として,従軍布教や海外布教が本格化していき,また日露戦争を経て教団主導の布教体制が確立されていった。本願寺派では,従来の組・教区とは別に,宗主直属の総監が布教動員を行う全国組織が成立し,大規模な「臨時布教」が各地で開始された。臨時布教の広がりは,工場のみならず,軍隊,警察,鉄道,監獄,病院,学校,商店など多方面にわたった。また,これらの臨時布教のために,何十万部にも及ぶ教本が作成されて配布された。

 明治40年頃には,これら一連の新しい布教形態・方法が「特殊布教」として総称されるようになった。特殊布教の実績(開催数など)が集計され,その発展の様が教団内で確認された。

 特殊布教は,大正期に一時的な中断を挟みつつ進展していったが,その後は労働運動防止のための教化活動という側面が強まり,さらに戦時下には増産体制への協力に,その主たる意義が見出された。敗戦後,本願寺派も含む伝統仏教教団では,特殊布教の取り組みの多くが途絶し,檀家制度の残滓もとでの各寺院・僧侶による「一般布教」のほうに傾斜していった。

【議論の概要】

 中西氏の報告に対し,嵩氏からは,特殊布教の具体的な内容とりわけ国家との関係性はいかにあったのか,また明治40年代以降に制度的な整備が進むなか,人材育成は機能していたのかについて問うた。これに対し中西氏は,「遊郭布教」や「縁日布教」といったような特に内実の不明なものも含め,特殊布教の実際については現状では十分に把握しきれておらず,今後明らかにすべきことであると述べた。また,布教者養成については,布教研究所から伝道院へと制度の推移があり,後者は反宗教運動など同時代の社会問題にもかなり意識的であったことなどを指摘した。

 参加者からは,特殊布教と社会事業(福祉活動)の関係はどのように位置づけられていたのかといった質問があった。これに対しては,本願寺派はじめ当時の伝統教団では,対外的な布教活動を手段視する傾向が強く,社会事業にせよ信者獲得のための一つの材料と見なしていた側面は否定しがたいという返答がなされた。また別の参加者からは,特殊布教が旺盛に展開された明治40年代は,大谷探検隊(第2次)の活動時期とも重なり,この同時代性は本願寺派の当時の動向を考える上で示唆に富むとのコメントがあった。

【文責】アジア仏教文化研究センター

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