研究活動

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2017年度 グループ2ユニットB 第1回学術講演会

報告題目レイモン・パニカーと宗教間の対話―クリスチャン・ヒンドゥー・ブディストの立場から―
開催日時2017年4月26日(水)13:15~14:45
場所龍谷大学大宮学舎北黌204
報告者ユサ・ミチコ(西ワシントン大学 現代・古典語学科)
ファシリテーター那須英勝(龍谷大学文学部教授)
参加者88人

■共催  :龍谷大学仏教文化研究所,龍谷大学世界仏教文化研究センター

【講演のポイント】

 レイモン・パニカー(1918-2010)は,宗教間対話に関する独自の思想を提示した神学者/哲学者である。本講演会では,米国留学時代にパニカーに師事したユサ・ミチコ氏が,彼の生涯や思想について解説した。

【講演の概要】

 レイモン・パニカーは,1918年にスペインのバルセロナで生まれた。インド出身でヒンドゥー教の伝統のなかで育った父と,スペイン出身でカトリック教徒の母とのあいだで,幼い頃から異なる宗教伝統が共存する環境に親しんだ。1946年にカトリックの神父になった後,マドリッド大学で哲学と化学の博士号を取得し,さらにローマ教父庁大学で神学の博士号も得た。以後,1964年からベナレスを拠点として,ヴェーダ文献の翻訳作業に従事し,またハーバード大学の客員教授も務めた。1972年にはカリフォルニア大学サンタバーバラ校の宗教学の教授に就任し,1986年まで務めた。なお,1984年には神父でありながら結婚し,波紋を呼んだ。大学退職後は,異文化間の対話を推進するための施設「ヴィヴァリウム」を設立するなどしながら,研究と執筆活動を続けた。2010年,91歳で逝去した。

 ユサ氏は,1972年から約1年間,国際基督教大学の交換留学生としてカリフォルニア大学に留学し,宗教学科に在籍,そこでパニカーの授業を受け,師事することとなった。パニカーは,「知識」とは単なる情報ではなく,感覚・知覚・実体験を通して得ることのできるものと定義し,直感を重視する情熱的な学問のあり方を学生たちに伝えようとした。

 パニカーの思想は,文化多元論の一種である。科学技術が強大な力を持ち,原子爆弾や原発の危険性を抱えた時代において,平和な世界を導くためにも,人道的結束と協調を通して,人々が互いに学びあい,自己理解を深めることを目指す。また,特定の伝統に基づく考え方からの自由を尊重しつつ,一方で宗教・文化・言語ごとに多元的な現実や価値観,あるいは「神聖性」を保持することがいかに可能なのかを問うている。そうした彼の思想は,「I 'left' as a Christian, 'found' myself a Hindu and 'returned' a Buddhist without having ceased to be a Christian」という,彼の自己認識のあり方に端的に表現されている。

 宗教や文化の多様性を実現するためにも,パニカーは「対話」に関する独自の思想を構築した。その要点は,第一に,「場所間解釈学(Diatopical hermeneutics)」である。これは,テキスト重視の文献学的解釈学とも,過去のテキストの現代的解釈学とも異なり,解釈を行う自己(我)と他者(汝)が対話する場所(トポス)を重んじる。第二に,「ダイアロジカルな対話(Dialogical daialogue)」である。これは,自己の先入観から対話を開始する「ダイアレクティック(弁証法的)な対話」に対して,特定の価値判断から自由になった,真摯な人間どうしの会話のあり方を模索する。第三に,「内面的宗教的対話(Intra-religious daialogue)」である。これは,宗教と宗教のあいだの対話ではなく,宗教を母体とした二人の人間のあいだの会話を進めることで,自己と他者が理解しあうと同時に,自己のなかでも対話を行うことで,自己理解を深めるための方法である。

 以上のようなパニカーの思想を踏まえ,ユサ氏は最後に,自己の宗教と他者のそれを成り立たせている要素(神,仏,天国,浄土など)のうち,何と何が対応しているのかという,「機能的対応(homomorphic equivalent)」について考えていくことから,宗教間対話の実践への糸口が見えてくることを指摘し,講演を終えた。

【文責】アジア仏教文化研究センター

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