研究活動

研究活動

2017年度 グループ1ユニットA 第1回国内シンポジウム

報告題目日本浄土教の特質と多様性
開催日時2017年10月9日(月)13:15~17:00
場所龍谷大学大宮学舎清和館3階ホール
参加者148名

【報告者・報告題目 】

■基調講演:

平 雅行(京都学園大学教授・大阪大学名誉教授)

 「浄土教における顕密仏教と専修念仏―浄土教史の再構築をめざして―」

■パネル発表:

川添泰信(龍谷大学教授)

 「法然と親鸞の師弟観

中川 修(龍谷大学教授)

 「専修念仏が提起する二・三の問題」

楠 淳證(龍谷大学教授)

 「法相宗貞慶の浄土教思想の特色」

安達俊英(知恩院浄土宗学研究所研究員・元佛教大学准教授)

 「法然浄土教と本覚思想―歴史的意義と現代的意義―」

■パネルディスカッションコーディネーター:玉木興慈(龍谷大学教授)

■総合司会:高田文英(龍谷大学准教授)

■共催:龍谷大学仏教文化研究所


【報告のポイント】

 本センターの「南都学・北嶺学」の構築を目指すサブユニットの協力を得て、日本仏教史上における、法然ならびに親鸞の浄土教の思想的意義の探究を目的としたシンポジウムである。日本中世史・古代中世仏教史を専門とされる平先生をはじめとする各分野の研究者により、最新の研究成果が報告された。

【報告の概要】

平 雅行(京都学園大学教授・大阪大学名誉教授)
 「浄土教における顕密仏教と専修念仏―浄土教史の再構築をめざして―」
 鎌倉新仏教史観の問題点は、①中世の旧仏教を古代仏教と捉え、中世成立期における古代仏教の質的変化を見落としたこと。②鎌倉新仏教が仏教の教えを初めて民衆に広めたと考え、仏教の民衆開放が院政時代に達成されていたことを見落としたこと。③平安浄土教から鎌倉新仏教への転換を「悪人往生伝から悪人往生論へ」とシェーマ化し、顕密仏教の浄土教が善導の本願念仏説を背景としていたことを見落としたことの3点である。
 法然は全ての者が「愚者凡夫」と語り、親鸞は平等に悪人であると語った。救済手段を一元化すれば、人間の平等を主張できることを法然は発見したのであり、仏教の民衆解放に両者の偉大さがある。明恵は『摧邪輪』において、「天下諸人」が「劣根一類」と解されることを無礼と憤ったが、この批判は法然の真意を見事に探り当てていたと言い得る。
 浄土教は日本の中世社会に深刻な影響を与えた。白河・鳥羽法皇から北条時頼・足利義満に至る公武権力者の多くや、御家人はもちろん村や町の宿老の多くも在俗出家者であり、世俗社会の運営の中核を出家者が担っており、世界史的にも希有であり、日本中世だけの特殊な現象である。在俗出家は年貢・公事の免除はなく、負担軽減を目論んだものではなく、浄土信仰によるものであったことがわかる。
 専修念仏は出家することに宗教的価値を付与しておらず、在俗出家の風習は顕密仏教の浄土教観に基づくものである。浄土教の世界においても、顕密仏教が圧倒的な広がりをもっていたことを、再認識することが必要である。

川添泰信(龍谷大学教授)
 「法然と親鸞の師弟観」
 法然の祖師観は「偏に善導一師に依る」という主張より明らかで、「善導はこれ弥陀の化身なり」という化身説もみられ、三昧発得の有無をもって理論的根拠としている。また、門弟観については専修念仏の真の理解者にのみ、主著『選択集』の書写を許したことに顕著に表れている。
 親鸞の祖師観の基本姿勢としては法然の専修念仏の継承という立場であり、浄土教伝承の高僧観を見る場合、法然の化身的理解を共通概念としているようである。しかし、法然の三昧発得の理解については、親鸞においては見ることができない。また、門弟観については法然に通じ、親鸞においても究極的な他力回向による如来の救いは、人間的相互関係をも超える厳格な態度を持っていたと言い得る。

中川 修(龍谷大学教授)
 「専修念仏が提起する二・三の問題」
 まず、専修念仏は平安浄土教を前提にしているか否かということについては、往生行の1つとしての念仏や、宗論としての仏性論争の伝統を顚倒し、末法という時代状況に応えてこそ伝統は意味をもつという立場より、平安浄土教ひいては平安仏教総体を前提にしていないと考えることができる。
 また、専修念仏の特質である神祇不拝の機能範囲に「仏神」は入るのかということについては、称名念仏が弥陀に選択された唯一絶対の往生行であるとする、念仏の新解釈を法然が説けば、諸行往生を否定する教団形成は必然化し、神祇不拝の機能範囲に顕密八宗が集う仏神も入ると考えることができる。
 そして、法然と親鸞との関係については、強いられていた悪人視から民衆の心を解放した点では両者は同じとする、顕密論者である平氏の説に依りながら、両者の念仏理解について改めて疑問を呈する。嘉禄の弾圧期を生きた親鸞は、念仏に此岸(現生)における生き方を具体的に説いたが、念仏を唯一絶対の往生行と説く法然の立場からは、浄土教がもつ来世信仰に止まらない、此岸における生き方がいかに導き出されるのだろうかと、相異なる点が浮き彫りとなる。

楠 淳證(龍谷大学教授)
 「法相宗貞慶の浄土教思想の特色」
 法相教学の浄土義(仏国土)の基本的立場は多重浄土論であり、法性土、自受用土、他受用土、変化土の4種が挙げられる。貞慶の最終的な浄土信仰は補陀落浄土を欣求するものであったが、その理由は「弥陀より感得しやすい」という点にあった。
 貞慶の臨床の言葉を筆録した『観心為清浄円明事』には、三界を出過した真実の浄土(報土)に往生するための「案」をめぐらすが、世の人の一向の信(法然浄土教)とは異なることを明言している。貞慶は「極速三生」による極楽往生論を立案し、臨終時の十声によって三界出過の報土に往生する世上の教えを否定し、「二三生等往生」の「勝事」を語る。これは「今生の娑婆世界から知足天上の安養浄土院」「安養浄土院から慈尊下生時の娑婆世界」「娑婆世界(円寂雙林)から極楽浄土」への往生であり、凡夫が化土から極速に三生を経て報土に往生する理論であり、明らかに法然教学を意識し、批判したものと解することができる。

安達俊英(知恩院浄土宗学研究所研究員・元佛教大学准教授)
 「法然浄土教と本覚思想―歴史的意義と現代的意義―」
 本覚思想は歴史的に見て批判の対象となることもあったが、一方で高く評価されることも多かった。ところが、近年、松本史朗氏や袴谷憲昭氏などが、本覚思想は仏教に非ずとして、厳しく批判されたことは周知の通りである。
 この本覚思想の対極にある教えとして、両氏が注目したのが法然浄土教である。法然が活躍した当時、本覚思想はまさに全盛期を迎えていた。抽象化・神秘主義化してしまっていた仏教に、法然は専修念仏という具体的な行大系を示し、浄・穢や迷・悟を峻別することにより、結果的にその流れに歯止めをかけたことになったと言い得る。また、法然に続く鎌倉仏教の祖師方の教えも、反本覚性格を持つことより、一層、法然の画期性は際立つこととなる。
 日本人は概して本覚思想的な考え方を好むのであるが、その漠然性・包容性が思考を停滞させ、言葉や論理を軽視し、異見を認めない方向へと流れる可能性を有する。このような中にあって、善悪を峻別する二元論に立つ法然の教えは、現代でも基本的に本覚思想的な傾向を有する日本において、その思潮は何らかの役割を果たすのではと考えることができる。

【議論の概要】

 発表者からの補足説明や発表者同士のコメントに続き、参加者からの質問にも答えた。平氏は大乗仏教における日本中世の在俗出家の位置づけを問われると、本来であれば仏法と世俗を峻別することが求められるが、この在俗出家とはこれらの境界線が曖昧である。これらは峻別すべきものではなく、相互関係にあると理解する在り方が日本中世の仏教界の流れであり、明確に分離しないという姿勢がその特徴であるとした。この他にもいくつかの質問に各発表者が答え、法然や親鸞の浄土教の特徴に対する理解についても示唆に富んだ内容となった。

【文責】アジア仏教文化研究センター

DSC_9714.JPGDSC_9677.JPG

このページのトップへ戻る