研究活動

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2017年度 グループ1ユニットA 第4回学術講演会

報告題目天台・恵心僧都源信と仏教美術
開催日時2017年12月16日(土)13:00~16:30
場所龍谷大学大宮学舎清和館3階ホール
参加者35人

■総合司会:西谷 功(BARC研究員、泉涌寺学芸員)

■開会の辞・趣旨説明:宮治 昭(龍谷大学名誉教授)

■講師・講題:
鯨井清隆(大津市歴史博物館学芸員)
「天台三山と美術―比叡山延暦寺・園城寺(三井寺)・西教寺―」

北澤菜月(奈良国立博物館情報サービス室主任研究員)
「恵心僧都源信と浄土信仰の美術」

■閉会の辞:入澤 崇(龍谷大学学長)

【報告の概要】
鯨井清隆(大津市歴史博物館学芸員)
「天台三山と美術―比叡山延暦寺・園城寺(三井寺)・西教寺―」

 天台宗は『法華経』を根本経典とした大乗仏教の一宗派であり、教学の基盤は隋の天台大師智(538~597)が大成した。最澄は延暦23(804)年に入唐し、道邃・行満から天台教学を学ぶとともに、道邃から大乗菩薩戒を受け、翛然から禅、順暁から密教を相承したのであり、天台教学に戒律・禅・密教を加えた四宗兼学の学風を確立し、日本天台宗を発足させた。
 現在の天台宗は「天台宗」(開宗年:延暦7(788)年、総本山:比叡山延暦寺、宗祖:最澄)、「天台寺門宗」(開宗年:正暦4(993)年、総本山:長等山園城寺(三井寺)、宗祖:円珍)、「天台真盛宗」(開宗年:文明18(1486)年、総本山:戒光山兼法勝西教寺、宗祖:真盛)の3つに分かれている。
 先ず、天台宗の仏像・仏画については、比叡山延暦寺開創以前にすでに仏教寺院が数多く存在していることから、開創以前のものも多く伝わっている。開創以降は天台教学に基づいて造像され、薬師如来(天台教師)や普動明王等を中心とする密教諸尊像等を挙げることができる。
 次に、天台寺門宗の仏像・仏画については、十一面観音立像、阿弥陀如来座像、千手観音立像をはじめとする円珍入寺以前の造像も多く現存し、円珍入寺以降は不動明王や愛染明王等の密教尊の造像が多い。また、絵画については不動明王像をはじめとし、黄金剛童子や尊星王、閻魔天曼荼羅等、寺門以外ではあまり見られない独特な絵画が数多く制作された。
 そして、天台真盛宗の仏像・仏画としては、本尊の阿弥陀如来座像をはじめとし、薬師如来立像(天台薬師)、聖観音立像等の平安時代まで遡る像を有するが、いずれも織田信長の焼き討ちからの再興以降に移されたものとされている。真盛によって円頓戒と念仏の寺として再興されたことで、授戒や阿弥陀といった浄土に関する宝物が非常に多い。

北澤菜月(奈良国立博物館情報サービス室主任研究員)
「恵心僧都源信と浄土信仰の美術」

 輪廻転生し続ける穢れた六道の世界(地獄道・餓鬼道・畜生道・阿修羅道・人道・天道)の様相を絵画化したものに六道絵がある。『往生要集』の成立以後、その記述を典拠にするものが現れ、なかでも13世紀後半成立の聖衆来迎寺の国宝六道絵15幅は、忠実に描かれた代表作として知られ、他の六道絵でも同じ図様の踏襲が認められる。
 他の作例として、兵庫の極楽寺の六道絵3福(重文)は、十王図と六道絵を組み合わせたもので、これらの図様は『往生要集』を典拠とするものが多く、他の説話も含んでいる。また、当麻寺奥院の十界図(重文)は、六道に声聞・縁覚・菩薩の4つの悟りの世界を加えて十界とし、『往生要集』の図像の踏襲が認められる。しかし、奈良国立博物館の地獄草紙(国宝)や沙門地獄草紙(重文)、東京国立博物館の餓鬼草紙(国宝)、九州国立博物館の病草紙(重文)といった六道絵巻は、『往生要集』を主たる典拠としたものではないと認められている。
 また、阿弥陀如来と菩薩衆が極楽浄土から往生者を迎えにくる様子を描いた来迎図があり、『観無量寿経』所説の来迎を典拠とするものが有名である。日本では源信の周辺で単独の阿弥陀来迎図が描かれ始めたと考えられている。阿弥陀来迎を観相するイメージトレーニングの助けとし、臨終時には往生者の側に懸けて用いられ、また、死者の極楽往生を願う追善供養等にも用いられた。『首楞厳院二十五三昧会過去張』には源信が弥陀来迎像を図したことや、『後拾遺往生伝』には源信が極楽迎接曼荼羅を贈ったという記載があり、密接な関係が指摘される。
 これらの他に源信に関わる造形としては、鎌倉時代成立の横川の戒心谷に造立した地蔵菩薩像を模した地蔵菩薩立像や、『往生要集』や「極楽六時讃」を参照して作られた阿弥陀浄土図の作例も挙げることができる。

【文責】アジア仏教文化研究センター

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