研究活動

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2017年度 グループ1ユニットA 第2回研究会

報告題目因明蠡測 “日本における『因明入正理論』の古写本について―因明論義展開の起点―”
開催日時2018年1月18日(木)13:15~14:45
場所龍谷大学大宮学舎清風館3F共同研究室1・2
報告者後藤康夫(2017年度BARC公募研究員、龍谷大学非常勤講師)
ファシリテーター楠 淳證(龍谷大学文部教授)
コメンテーター楠 淳證(龍谷大学文部教授)
参加者23人

【報告のポイント】
 日本の法相学侶が研鑽の拠り所の1つとした商羯羅主撰『因明入正理論』の最も古い写本が永万2年(1166)の興聖寺本であることを確認した上で、それが西楽寺から海住山寺へ、海住山寺から興聖寺へと伝えられた経緯を明らかにし、もって日本では『因明入正理論』とその注釈書である『因明大疏』(法相開祖慈恩大師基の書)にもとづき、因明論義が展開されたことを明らかにする報告であった。

【報告の概要】
 慈恩大師基(632-681)を開祖とする法相宗では、内明である唯識学の研鑽を進めると共に、唯識学を論証する論理学として因明を採用した。主として商羯羅主撰述の『因明入正理論』を所依とし、あわせて本書を注釈した慈恩大師基の『因明入正理論疏』(『大疏』)が用いられた。
 今回の発表では、『因明入正理論』に出る論証式の1つである「此宗者極成有法極成能別差別性故」という言葉を改変して「為差別性」とした者がいたが、日本では改変に反対であった慈恩大師の立場が採用されたことを古写本を用いて明確にした。その上で、中国等で刊行された諸本および日本で作成された古写本を詳細に検討し、最も古い時代の写本が永万2年(1166)興聖寺本(一切経の中の1つ)であることを確定し、次いで興聖寺本のルーツの検討を行なった。その結果、元は西楽寺所蔵本であったものを海住山寺に居を移した解脱房貞慶(1155-1213)が入手し、海住山寺第2世覚真のもとに保存されていたものが、いつしか興聖寺へ移されたものであったことを明らかにした。その上で、内容上の検討から、日本における因明論義は、商羯羅主撰述の『因明入正理論』と慈恩大師基撰述の『因明入正理論疏』(『大疏』)をもとに展開されたものであったと指摘した。

【議論の概要】
 楠より後藤氏の発表の要点を述べた上で、会場の質問を求めたところ、「差別性故」と「為差別性」との違いに対しての質問がなされた。これに対して後藤氏は、「内容的にはさほど変わらないが慈恩大師は改変に対して厳しい批判姿勢で臨んだ」ことあらためて強調した。次に楠より、海住山寺に移された一切経が「貞慶によって入手された経緯」について質問がなされ、後藤氏提示の資料文献を用いた説明・確認がなされた。

【文責】アジア仏教文化研究センター

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