公募研究

公募研究

栄西の大師号要請について

名利名聞を嫌った僧侶による遁世が流行するなかで、栄西は建暦3年(1213)4月26日に法勝寺九重塔再建の勧賞として大師号を朝廷に要請した。生前の大師号宣下は日本において前例がなく、しかも僧侶自身による要請は前代未聞であった。その意味でこの出来事は、不求名聞を是として為政的位置との緊張を保持してきたそれまでの仏教界にとってはひとつの画期であった。本研究の目的は、この栄西による大師号要請の動機を考察することにある。

従来の研究はその動機を、仏法興隆のための有効な手段と解釈した『沙石集』によって説明することがほとんどであった。しかし栄西自身は、仏教実践を行う際の法位は問題にならないと『興禅護国論』のなかで述べている。したがって、大師号要請と一見矛盾する栄西のこうした態度を明らかにするためには、栄西自身の置かれた状況と思想をより詳細・多角的に検討する必要がある。特に本研究では、王法仏法観、戒律観、入宋の影響、『禅苑清規』の受容等に注視して考察をすすめる。

吉岡 諒(龍谷大学 博士後期課程)

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