研究活動

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2017年度 グループ1ユニットA 第5回学術講演会

報告題目親鸞にとっての真実心
開催日時2018年1月22日(月)16:45~18:15
場所龍谷大学大宮学舎西黌2階大会議室
報告者玉木興慈(龍谷大学教授)
コメンテーター高田文英(龍谷大学准教授)
参加者21人

■共催:龍谷大学仏教文化研究所

【報告のポイント】
 『仏説無量寿経』(以下、『無量寿経』)所説の第十八願に誓われる「至心・信楽・欲生」の三心について、当面の意からすれば、行者自身が発すべき心相と解釈され、また真宗学においては、伝統的に仏と衆生との関わりを通しての解釈が定着している。この度の報告においては、この伝統的な解釈以外に、別の解釈の余地の有無について検討した。

【報告の概要】
 親鸞は第十八願の三心について、『教行信証』の「信文類」において丁寧に説明している。漢字一字一字の字訓に基づいて意を明らかにし、いずれも「疑蓋無雑」という心であるから、三を合して一と為すことができると述べる。また、法義の面からも詳述する一段においても「疑蓋無雑」と述べ、この「疑蓋」という言葉に注目される。ちなみに、「疑蓋」という言葉は、浄土真宗の七祖の聖教のなかに見つけることができない。しかし、親鸞は三一問答において9回用い、「化身土文類」の自釈においても1回用い、『教行信証』全体では計10回を数える。
 『仏教語大辞典』、『真宗大辞典』、『真宗新辞典』等の手にしやすい辞典によれば、「疑蓋」とは一般的には「煩悩」という意味であるが、真宗独自の意味もあることが紹介されている。このような理解は江戸期成立のいくつかの『教行信証』の講義録によく見られるものであり、それらに基づいて上記の辞典も編纂されていることがわかる。つまり、「疑蓋」とは如来の本願を疑うことであり、「無雑」と付して本願への疑いが晴れた衆生の心という理解が定着している。
 ところで、『教行信証』「坂東本」においては、この「疑蓋」の「蓋」に「ホムナフ」と左訓があり、親鸞は「煩悩」という意味で「疑蓋」を用いていたと解することができる。親鸞は『一念多念文意』に「無明煩悩われらが身にみちみちて、欲もおほく、いかり(中略)臨終の一念にいたるまでとどまらず、きえず、たえず」と述べ、衆生は命ある限り煩悩が消えないということを示し、同様の説示を他の著述においても確認できる。衆生は命ある限り煩悩から離れることのできない存在であるとし、この煩悩の1つとして「疑蓋」という言葉を用いていることより、「疑蓋無雑」を衆生の心として理解することは、親鸞の説意に適うかどうかと疑問をもつのである。
 「信文類」三一問答直前の『観経疏』引文所説の「真実心」を、阿弥陀如来の心として読み解くように、「疑蓋無雑」も阿弥陀如来の心として読み解くことが、親鸞の意に沿うものではないかと玉木氏は考える。しかし、江戸時代の講録や現代の身近な辞典においては、「疑蓋」について仏教一般的な意味と、親鸞独自の意味があることを示し、所謂、通途と別途という2つの意味に分けていることが元凶と指摘する。
 この通・別はしばしば「無明」について用いられる。通途の意味として無知、煩悩とあり、別途の意味として本願を疑う疑無明とあり、このように分けて理解することが定着している。この無明の理解について村上速水氏は「無明に通別両義を立てる必要はない」と述べ、「先ず義を立てて文を裁いているわけで、果たして文の真意を得ているかどうか不明である。われわれは先ず文当面の意義を明らかにすることに努めなければならない」とも述べ、従来の聖教解釈に対して批判的な意見を示す。また、内藤知康氏は「親鸞聖人が長い歴史を持つ仏教用語を何の断りもなく違った意味で用いられるとは考え難い」と述べている。
 仏教において長く用いられてきた「疑蓋」という言葉においても、通・別を分けることなく解釈すべきである。「疑蓋無雑」とは煩悩が雑じらないことであり、衆生の心とは言い難く、信心獲得した者であっても、臨終の一念にいたるまで煩悩がとどまらないことより、「疑蓋無雑」とは如来の心としか言い得ないと、玉木氏は重ねて指摘する。
 さらに、玉木氏は『教行信証』執筆の目的からも検討を進める。その目的としては、深広なる仏恩に報謝すること。『選択集』に説示される法然聖人の教えを相承し、第十八願の真実を開顕すること。『大経』の本願真実の教法の内容を開顕すること。承元の法難が法理に背いていることを証明するための教学的な営みと、考えられてきた。これらのなかの4つについてか、証明する相手が重要となってくる。難解な漢文や、新しい経典の漢文を引用していることより、身近な者だけではなく、論難を向けてきた者も読者として想定されていたと考えることができるため、やはり通途の意味を優先させることの方が自然である。「無明」についても、「疑蓋」についても、浄土真宗のなかだけの共通理解である別途義をもって表すことに、どれだけの意味があるかということである。
 親鸞は『教行信証』「信文類」の末において、『大経』所説の本願成就文の随文解釈をおこなう一段の直前までは、阿弥陀仏の心が真実心であることを明かしているのである。そして、その阿弥陀仏の真実心を衆生が聞くという「聞即信」を示すところから、衆生の関わりが出てくると釈している。続けて親鸞は、所謂、真仏弟子釈にいたって「金剛心の行人」と述べ、衆生が金剛心を具えるのではなく、弥陀の金剛心を行じる人と表す。
 これに類似した親鸞の表現として「常行大悲」があり、この「大悲」とは阿弥陀仏の心であり、衆生の心として一度として扱うことはない。これは「信文類」においては、「聞即信」の自釈に続けて現生十益が説かれ、そのなかの1つとして挙げられるものである。このことからも、「金剛心の行人」とは衆生が金剛心を具えるのではなく、弥陀の金剛心を行じる人と解しても、何ら差し支えないと考え、このような解釈はあまり見られないが、むしろ親鸞の真意に沿うものではないかと、玉木氏は指摘する。
 この「行ずる」と「信じる」について、『浄土和讃』の『大経』の意を讃じる一首を例に取り上げる。「善知識にあふことも」より始まる一首の四句目においては、「文明本」は「信じることもなほかたし」とあることに対し、「国宝本」・「顕智本」は「行ずることもなほかたし」とある。「文明本」は蓮如上人が開版したものであり、その元をどこまで遡ることができるかは未整理であるが、「国宝本」は親鸞が見ていることは確かなことより、在世当時まで遡ることができるかどうかについては、今後の課題として締め括った。

【議論の概要】
 「疑蓋」がいかなる意味で用いられているかについて意見が交わされるなか、従来の解釈には仏と衆生とのつながりをもって説かれているが、そうではなく、親鸞は仏と衆生をつなげていないと、玉木氏は解するのである。願文の当面の意に引っ張られ過ぎて、親鸞の真意がぼやけてしまっているのではと考え、だからこそ、親鸞が「疑蓋」という言葉を用いた意図が、自ずと明らかになってくるのではないかと述べた。

【文責】アジア仏教文化研究センター

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